Sunday, August 04, 2013

「風立ちぬ」・・・・

絶賛上映中の、宮崎駿監督作品 「風立ちぬ」ですが・・・・

アーチスト村上隆が・・・・twitterで賞賛の文章を書いてたので、まとめてみました。

村上 隆/「風立ちぬ」

日本の戦後芸術の在り方に、なにからなにまで、きっちり落とし前をつけていて、心の底から感服いたしました。 敗戦後の日本はコングロマリットを解体させかつ蘇生できぬようなシステムを埋め込まれ、余剰の金を国の文化資産にしてゆく構造が造れなかった。戦前は少ないながらもプリミティブな資本主義の勝者達が余剰した金で芸術を創る者、愛する者を庇護可能だったが、戦後は税制の組み換えからなのか、桁外れな数寄者はいなくなり、変わって大衆が望む芸術が産まれ、サブカルチャー百花繚乱の時代になっていった。お芸術へのニーズは、もっぱら西欧諸国の美術館の所蔵品を拝借拝見して悦に入るのが精一杯。お芸術の世界は戦後の日本のオーディエンス、クリエーターの双方には馴染めずに、漫画、アニメ、ゲーム等のサブカルへ、創造的な才能が流れ込み、その中で独自の芸術の立脚点の場を探し、そこに杭をうち、足場を造って本格的な芸術の在り方を歌い上げようと準備していた。 宮崎駿はその世界の功労者にしてパイオニアとなってゆく。はじめはアニメ=子供だまし、というレッテルからの格上げ。そしてアニメと映画の立場の逆転。予断だが、ジブリミュージアムを建て、フォームとしての芸術の在り方を世に問う所まで来てもいる。戦後は税制の組み換えからなのか、桁外れな数寄者はいなくなり、変わって大衆が望む芸術が産まれ、サブカルチャー百花繚乱の時代になっていった。お芸術へのニーズは、もっぱら西欧諸国の美術館の所蔵品を拝借拝見して悦に入るのが精一杯。 お芸術の世界は戦後の日本のオーディエンス、クリエーターの双方には馴染めずに、漫画、アニメ、ゲーム等のサブカルへ、創造的な才能が流れ込み、その中で独自の芸術の立脚点の場を探し、そこに杭をうち、足場を造って本格的な芸術の在り方を歌い上げようと準備していた。宮崎駿はその世界の功労者にしてパイオニアとなってゆく。はじめはアニメ=子供だまし、というレッテルからの格上げ。そしてアニメと映画の立場の逆転。予断だが、ジブリミュージアムを建て、フォームとしての芸術の在り方を世に問う所まで来てもいる。宮崎駿があるドキュメンタリーで、テート・ギャラリーのジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」(情報提供の皆様、ありがとです!)を目の前にして「この絵に僕達がやろうとしてきたことが既にある。僕たちは何をやっていたんだろう」という独白するシーンが有ったのだが、その宮崎自身が行なっていた自問自答に、「風立ちぬ」はきっちり答えを出している。それは『芸術とは何か?』というテーマに対する答えだ。劇中に何度もつぶやかれ、かつ広告のコピーにもなっている「生きねば」という言葉。そして「美しい』と言う言葉も散見される。つまり、人がこの世に生を得て死するまでの短い時間の美しさへの強すぎる羨望は、時に人間の実存主義を裸体によって捉え(主にうら若き男女ではあるが、時に老体、変異体、惨殺死体など)時に抽象的な構造の表層で語ろうとしてきた。 人が産まれ、自然に、時代に翻弄され、美しさの瞬間に巡りあい、その瞬間は忘却の彼方へ去ってしまうが故、その時を固着させたい、という気持ちが芸術を作らせているのだ。そういった人が人としてこの世に存在する唯一絶対の美との距離感を、芸術家、あらゆる表現者は、見果てぬ夢と知りつつ、この世に繋ぎとめようと奔走し、そのほとんどが敗れ去る。さて、『風立ちぬ』とは、そういう事が語られた作品であった。宮崎駿が「オフィーリア」の前にたってモノ思ったその刹那を、2時間の絵解き説法で僕らに伝授してくれているのだ。この連ツイのはじめに<日本の戦後芸術の在り方に、なにからなにまで、きっちり落とし前をつけて>と語ったその意味は、大衆芸術の分野で、ここまでヌケヌケと大芸術の表現が製造構成可能である、と謳い上げられたのだから、僕のような西欧の着床地で仮暮らしをしている芸術家は、その存在そのものが型なしになってしまった。それはさておき、その意味で『風立ちぬ』は日本人が待ちに待っていた戦後の純正な大芸術作品ではある。手紙にこだわり、効果音も人間の声が変形され、まさに人間万歳人間賛歌を2時間体験できるのである。また、この作品の強度は実は『映画』の在り方を最も最先端で変形させて閉まっていることでもある。これはズバリARTである。台詞回しも、画面の切替も、映画のテニヲハを擬態しつつ、しかしその構造は自身が作り上げてきた戦後の日本アニメの文脈の解体と再構成なのだ。映画はエンタメでありマネタイズ、世の中での在り方は映画然としていて当然という風景の中で、恐ろしく難しい文脈のパズルを観客に提示し、その謎解きを楽しんでくれとばかりに説明は省かれている。これ、ARTの作法。今、映画業界はどうやって次の時代に生き残れるかを真剣に模索せねばならなくなっている。宣伝やマネタイズへの方法論に必死だ。しかし宮崎駿はそこにはいない。日本全国で巡回する大人気の展覧会がフィルムという形を変えて、皆さんの街の劇場で大芸術をお見せ出来るという未来型の映画の在り方をも示唆することに成功している。ポスターの絵のひとつ。里見菜穂子あ絵を描く丘のカット。あれは印象派のモネの絵 日傘を差す女(モネ夫人)1875 からのインスパイアであろうことは想像に難無くないが、他にもそうした芸術作品からの数限りないインスパイアが、散りばめられているのであろう。参加の原画マンは多分、この日本アニメ史上の伝説のスタッフ、総結集であろうし、引退を宣言していたスタッフの方(色彩設計の方)も復活。懐かしいあのスタッフ、この人が結集した感がある。かように、この作品は戦後日本芸術の集大成と言えよう。僕のような西欧を着床地にして生きている芸術家にとっての衝撃度は物凄く大きい。そして、こういう作品を作れる現代の日本の文化は、捨てたものではないと誰もが思い、自問自答し、納得の言葉を探せるようにもなっている。まさに劇中、堀越二郎がアキレスと亀の例えを覆しゼロ戦を作り上げたように、未来、日本人が誇れる芸術作品の創造者としての代表作を誕生させたのだ。深く、ふかく、心に染みわたる人間賛歌と一瞬しか無い、人生の美しさへの憧憬は、クロサワの映画の在り方とは全く違った風景を纏いながら飛び出した。驚くべきアニメーション超大作の誕生に乾杯。僕もカプローニさんのごちそうしてくれるワインを一口だけでもなめさせて頂き、芸術の神様の御加護に肖りたいです。

今一度、FBでまとめ直して、誤字脱字、直します。そして英語にしよおっと。

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